大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 平成11年(ワ)455号 判決 1999年12月20日

原告

信畑愛子

被告

渡里多喜子

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三五一万三三九六円及びこれに対する平成九年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、各自金三五四七万五三五八円及びこれに対する平成九年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車相互間において発生した交通事故の事案であり、原告は、被告渡里多喜子に対しては民法七〇九条に基づき、被告渡里敏和に対しては自賠法三条に基づき、それぞれ人的損害の賠償及びこれに対する交通事故の日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払いを求めたものである。

一  争いのない事実

1  本件交通事故

(一) 発生日時 平成九年九月一七日午前五時五三分頃

(二) 発生場所 岡山市浜一丁目一二番二二号先県道原尾島番町線

(三) 原告車両 普通貨物自動車(運転者原告)

(四) 被告車両 普通乗用自動車(運転者被告渡里多喜子、所有者被告渡里敏和)

(五) 事故態様 原告車両が東西に伸びる県道原尾島番町線を新鶴見橋方面から原尾島方面に向かって東方に直進中、T字型交差点になっている北側の細い脇道から右折して原告車両の走行する車線の対向車線に進入することを試みた被告車両の前面と原告車両の左側面が接触し、原告車両は横転した。

2  被告らの責任

被告渡里多喜子は、幹線道路に見通しの悪い狭路が交差するT字型交差点において、狭路から幹線道路に右折合流するに際しては、一旦停止して徐行し、左右の安全を確認すべき義務があるのにこれを怠り、右方を確認することなく漫然右折合流を開始した過失により本件交通事故が発生したものであるから民法七〇九条の責任を負う。被告渡里敏和は、被告車両の所有者として自賠法三条の責任を負う。

3  原告の受傷

(一) 原告は、本件交通事故により、頭部打撲、頸部捻挫、右肩・前胸部・右大腿打撲、右肘擦過創等の傷害を負い、右傷害を治療するために平成九年九月二二日から同年一〇月五日までの一四日間入院し(なお、その後も糖尿病の検査治療のため一か月入院を継続したが本件交通事故の治療としては通院扱いとなっている)、その前後も通院して治療を受けたが、平成一〇年八月一〇日に症状が固定したものとして被告側加入の任意保険による治療を打ち切り、頸部外傷、神経症状等(後遺障害別等級表一四級一〇号)、右肩から頸部にかけての痛み、右手の痺れ、腰痛及び右膝痛等の後遺障害が残存した。

(二) 原告は、四〇年近く理容師として就労していたが、本件交通事故後、右手の痺れのため、鋏を使いこなすことができなくなった。

4  損害の填補

被告らは、原告に対し、本件交通事故の損害賠償金として、合計三八一万九一九五円を支払った。

二  争点

1  損害

(一) 原告の主張

(1) 治療費(入院部屋代含) 五一万八六九五円

(2) 通院宿泊交通費 三万六一五〇円

(3) 入院雑費 一万五四〇〇円

(4) 休業損害 五二三万九四五四円

原告は、事故前は理髪店に勤務していたが、本件交通事故の日である平成九年九月一七日から症状固定日である平成一〇年八月一〇日までの三二八日間休業を余儀なくされた。原告の事故前の直近一二か月の合計収入は四八六万八六九三円である(月額平均四〇万五七二四円)。また、平成九年一月から同年九月までの合計収入は四〇二万二二八二円であるから、同年一〇月から同年一二月まで右月額平均収入を加算すると五二三万九四五四円となる。

(5) 逸失利益

原告は、本件交通事故によって、鋏を使った細かい作業を行うことが困難となり、理容師として致命的な後遺障害を被った。したがって、原告は、症状固定日から一一年間にわたり一〇〇パーセント、また少なくとも五〇パーセントは労働能力を喪失した。中間利息の控除は新ホフマン方式によることが相当である(一一年間の新ホフマン係数は八・五九〇)。なお、年収を五二三万九四五四円、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとした場合、原告の主張する逸失利益の額は計算上四五〇〇万六九〇九円となる。

(6) 入通院慰藉料 九四万八〇〇〇円

(7) 後遺症慰藉料 八五〇万ないし一〇〇〇万円

(原告は、右合計額の内金を請求している)

(二) 被告らの認否反論

(1) 治療費は認める。

(2) 通院宿泊交通費は認める。

(3) 入院雑費は認める。

(4) 休業損害は否認する。

原告は、平成一一年四月以降は八〇パーセント程度就労が可能となっており、休業期間の一部は本件交通事故と相当因果関係がない。また、原告の収入は、症状固定時の満年齢である五九歳の中卒女子平均賃金二七二万六〇〇〇円(平成八年賃金センサス)を基準に算定すべきである。

(5) 逸失利益は否認する。

原告の収入に関する反論は前項と同じである。原告の負った後遺障害の部位及び程度によれば、原告は、症状固定後二、三年にわたって五パーセントの労働能力を喪失したにとどまる。

(6) 入通院慰藉料は認める。

(7) 後遺症慰藉料は否認する。

2  過失相殺

(一) 被告らの主張

事故態様に照らし、原告にも二割の過失がある。なお、物的損害については、原告に二割の過失があるものとして示談が成立した。

(二) 原告の主張

過失相殺の主張は争う。被告車両は両側各二車線の幹線道路の脇道から右折進入するという危険な進行方法を試みようとしていたのであるから、被告渡里多喜子は原告に比べて極めて重い注意義務を負う。また、右脇道の入口両側には植え込みがあり、双方からの視界が遮られており、原告からは右脇道の存在に気付くことは極めて困難である反面、被告渡里多喜子には死角の存在を念頭に入れつつ危険回避措置をとることが強く求められる状況にあった。したがって、本件交通事故においては過失相殺を考慮すべきではない。

第三争点に対する判断

一  損害

1  治療費 五一万八六九五円(争いがない)

2  通院宿泊交通費 三万六一五〇円(争いがない)

3  入院雑費 一万五四〇〇円(争いがない)

4  休業損害 四三七万五一五四円

甲第六号証の1ないし13、第七号証の1ないし28、第九号証の1及び2、第一三号証、第一六号証、第一七号証及び原告本人尋問の結果に争いのない事実を総合すれば、原告は、本件交通事故前は一時期パートタイム労働をしていた時期を除いて約四〇年前から理容師をしていたこと、平成七年から勤務していた理髪店における平成八年一〇月から本件交通事故の直前である平成九年九月までの一年間の合計収入は四八六万八六九三円であり、事業所得者であったが確定申告はしていなかったこと、右理髪店における剃刀や鋏等の必要経費は各理容師の自己負担となっていたが、これらは勤務先を通じて購入し、代金は報酬から控除されていたこと、原告は本件交通事故の日である平成九年九月一七日から症状固定日である平成一〇年八月一〇日まで休業したこと(休業日数は三二八日)、原告は同年九月頃からパートタイム労働により清掃業務や麻雀店員をし、事故後は理容師としての就労をしていないこと、原告の症状固定日の年齢は満五九歳であることが認められる。

もっとも、乙第二号証によれば、原告を診察した医師は、保険調査会社の照会に対し、原告は平成一〇年三月末以降理容師の仕事を八〇パーセント位行うことが可能であると思われると回答したことが認められるが、右照会は同年二月四日にされたものであって、当時の時点における将来の見通しを述べたものに過ぎないこと、甲第六号証の1ないし13及び原告本人尋問の結果によれば、原告は事故日から症状固定日までの間、右肩、頸部痛、右手痺れ、腰痛、右膝痛が続いていたことが認められ、この間症状が大きく改善した様子がないことからすれば、原告が現実に休業した全期間について本件交通事故と相当因果関係があるものと認められる。

そうすると、休業損害は左記のとおり算定される。

計算式 四八六万八六九三(円)÷三六五(日)×三二八(日)=四三七万五一五四(円)(一円未満切り捨て)

5  逸失利益 一〇五万三九二五円

前記(ママ)認定にかかる原告の後遺障害の部位、程度、症状固定時の年齢(満五九歳)及び職業等の事情を総合すれば、原告は、本件交通事故によって症状固定後五年にわたり五パーセントの労働能力を喪失したものと認められる。

これに対し、原告は、理容師としての労働能力は症状固定後一一年間にわたり五〇パーセントないし一〇〇パーセント喪失したと主張するが、後遺障害の部位及び程度に鑑みれば労働能力喪失の期間を一定期間に制限するのが妥当であり、また、原告の年齢に鑑みて症状固定前と同水準の労働能力が一一年間にわたり当然に維持されるであろうとの推認を及ぼすことは相当といえず、更には原告が他の職業に就くことまでもが不可能になったものではないから右主張を採用することはできない。

そして、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると(ライプニッツ係数は四・三二九四である)、逸失利益現価は左記のとおり算定される。

計算式 四八六万八六九三(円)×〇・〇五×四・三二九四=一〇五万三九二五(円)(一円未満切り捨て)

6  入通院慰藉料 九四万八〇〇〇円(争いがない)

7  後遺症慰藉料 一二〇万円

前記認定事実に加えて原告本人尋問の結果によれば、原告が勤務していた理髪店は、いわゆる薄利多売方式による経営をしており、一日のうちにできるだけ多くの客をさばくことが必要だったことが認められ、今後右理髪店に復帰することは考えにくく、また、同種の店に勤務することができたとしても、原告の後遺障害の部位及び程度から作業能率が著しく低下すると考えられる。また、原告が主として理容業に従事し続けてきており、他の職業はパートタイム労働程度のものしか経験したことがないこと、症状固定時の年齢が満五九歳であることからすれば、他業種に転職することや転職後従前と同水準の収入を得ることは著しく困難と考えられることに鑑み、後遺症慰藉料は頭書金額をもって相当と認める。

8  以上の合計額は八一四万七三二四円となる。

二  過失相殺

甲第二号証、第三号証、第一〇号証、第一三号証並びに原告及び被告渡里多喜子各本人尋問の結果によれば、原告車両が走行していた道路は最高速度毎時四〇キロメートルに規制された左右各二車線の県道だったこと、被告車両が走行していた道路は右県道の北にT字に交差する脇道であり、信号機による交通整理はされていなかったこと、事故時は既に空が明るくなっており、天候は晴れだったこと、早朝だったため交通量は閑散としていたこと、原告車両は中央線寄りの車線を制限時速かややこれを超える速度で走行していたこと、被告車両は、脇道から右折合流する前に、規制標識に従って一時停止をしたが、原告車両が走行していた道路に沿って左右に植え込みが続いていたため、交差点進入時において左右の見通しが非常に悪かったところ、右方から車両が来ないものと安易に考え、自車両の先端部分を交差道路に僅かに進入させて徐行ないし再度の一時停止をして、左右をより慎重に確認するとともに右方から来る車両に対して自車両の存在を認識させて注意を促すという容易になしうる安全措置を採らずに、わずかに左右するにとどまり直ちに右折をしたため、本件交通事故が発生したことが認められる。

一方、原告にとってみれば、細い脇道から右折して進入する車両において右のような安全措置をとることを期待することが許され、脇道付近を通行する度にいちいち速度を緩める必要はないが、原告においても、前方注視義務及び安全運転義務が全くないというわけではなく、原告車両は中央線寄りの車線を走行していたのであるから、原告が、道路左の進入口の有無及び自車線に進入する車両の有無にも相応の注意を払いつつ走行し、被告車両が進入したのに気付いた時点で直ちに制動措置をとるなどの安全措置を講じていれば、少なくとも損害の拡大を防ぐことができた蓋然性があったということは否定できないから、損害の公平な分担の観点から一割の過失相殺をすることが相当である。

そうすると、過失相殺後の損害額は左記のとおり算定される。

計算式 八一四万七三二四(円)×(一-〇・一)=七三三万二五九一(円)(一円未満切り捨て)

三  損害の填補

被告らが原告に対し、本件交通事故の損害賠償金として三八一万九一九五円を支払ったことは当事者間に争いがなく、填補後の損害額は三五一万三三九六円となる。

四  よって、原告の請求は、被告らに対し、各自金三五一万三三九六円及びこれに対する本件交通事故の日である平成九年九月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 酒井良介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例